西洋諸国には古来幾回かの人種の大移動を繰り返して来た。前の人種を後の人種が全滅する、優等人種が出てこれに代わり、転滅戦につぐに全滅戦をもって今日に至ったので、残虐の継続が今日を築き上げたものとみられる。そして西洋思想は実にここから生まれている。
地上の草木を知ろうとするなら、まずもってその土地を充分に調べてみなくてはならぬ。しかるに日本人にして、日本を知らないものがある。日本に生まれ、日本に育ちながら、日本の歴史、日本人の習慣性等については全くこれを知ろうとさえ努めるもののなき現代である。日本人の言葉といえば浅薄なもの、西洋人のいう事なれば、必ずそれが真理であるように、早呑み込みするようになってしまっては始末に困る次第である。…
特に今日の青い連中の読物はすべて西洋のもの、語る所もまた西洋のもので、日本は昨日まで未開野蛮国であったのだ、西洋のおかげで文明国になったのだと思っている。しかもこれらの連中は自他ともに知識階級と称して怪しまない。こんな事では日本の神国も前途はなはだ寒心の至りである。
まずこの迷信を打破することに努め、日本人には日本固有の真の文明を知悉(ちしつ)せしむる事が刻下の急務である。
地上の草木を知ろうとするなら、まずもってその土地を充分に調べてみなくてはならぬ。しかるに日本人にして、日本を知らないものがある。日本に生まれ、日本に育ちながら、日本の歴史、日本人の習慣性等については全くこれを知ろうとさえ努めるもののなき現代である。日本人の言葉といえば浅薄なもの、西洋人のいう事なれば、必ずそれが真理であるように、早呑み込みするようになってしまっては始末に困る次第である。…
特に今日の青い連中の読物はすべて西洋のもの、語る所もまた西洋のもので、日本は昨日まで未開野蛮国であったのだ、西洋のおかげで文明国になったのだと思っている。しかもこれらの連中は自他ともに知識階級と称して怪しまない。こんな事では日本の神国も前途はなはだ寒心の至りである。
まずこの迷信を打破することに努め、日本人には日本固有の真の文明を知悉(ちしつ)せしむる事が刻下の急務である。
〜「日本人目覚めよ」『月鏡』〜
わが日本神州の国民は、古来、抱擁性に富んでいた。そして固有の民族性に少しの動揺を来たさなかった事は、世界の驚異とする所である。
世界の文化をことごとく吸収して、同化し、精錬して更により以上美しきものとして、更にこれを世界に頒与する所に、日本人の生命があり、使命があるのである。
しかし横に世界文化を吸収してこれを精錬すればするほど、縦に民族性が深めらるべきはずだのに、現代の日本は外来文化の暴風に吹きつけられるほど、固有の民族性の特長をうしないつつある状態は、あたかも根の枯れたる樹木にひとしいものである。
日本人は、日本人として決して何物によっても冒されない、天賦固有の文化的精神を持っているはずである。
世界の文化をことごとく吸収して、同化し、精錬して更により以上美しきものとして、更にこれを世界に頒与する所に、日本人の生命があり、使命があるのである。
しかし横に世界文化を吸収してこれを精錬すればするほど、縦に民族性が深めらるべきはずだのに、現代の日本は外来文化の暴風に吹きつけられるほど、固有の民族性の特長をうしないつつある状態は、あたかも根の枯れたる樹木にひとしいものである。
日本人は、日本人として決して何物によっても冒されない、天賦固有の文化的精神を持っているはずである。
〜「日本人の抱擁性」『月鏡』〜
日本魂(やまとだましい)とは、天地の先祖の神の精神と合一した心である。至仁至愛(ぜん)の大精神にして、何事にも心を配り行き届き、凶事に逢うとも大山のごとくビクともせず、物質欲を断ちて、精神はもっとも安静な心である。
天を相手とし、凡人と争わず、天地万有、山野河海をわれの所有となし、春夏秋冬も、昼も夜も暗(やみ)も、雨も風も雷も霜も雪も、みなわが言霊(ことたま)の自由になし得る魂(みたま)である。
いかなる災禍(わざわい)に逢うも、艱苦をなめるも意に介せず、幸運に向かうも油断せず、生死一如にして昼夜の往来する如く、世事一切を惟神の大道(かんながらのだいどう)に任せ、好みもなく憎みもなさず、義を重んじて、常に安静なる魂が日本魂である。
常に心中長閑にして、川水の流るる如く、末に至るほど深くなりつつ自然に四海に達し、我意を起こさず、才智を頼らず、天の時に応じて、神意にしたがって天下公共のために活動し、万難に撓(たゆ)まず屈せす、無事にして善を行うを日本魂という。
天を相手とし、凡人と争わず、天地万有、山野河海をわれの所有となし、春夏秋冬も、昼も夜も暗(やみ)も、雨も風も雷も霜も雪も、みなわが言霊(ことたま)の自由になし得る魂(みたま)である。
いかなる災禍(わざわい)に逢うも、艱苦をなめるも意に介せず、幸運に向かうも油断せず、生死一如にして昼夜の往来する如く、世事一切を惟神の大道(かんながらのだいどう)に任せ、好みもなく憎みもなさず、義を重んじて、常に安静なる魂が日本魂である。
常に心中長閑にして、川水の流るる如く、末に至るほど深くなりつつ自然に四海に達し、我意を起こさず、才智を頼らず、天の時に応じて、神意にしたがって天下公共のために活動し、万難に撓(たゆ)まず屈せす、無事にして善を行うを日本魂という。
〜「神示の日本魂」『出口王仁三郎全集第1巻』P160〜
出口王仁三郎は昭和20年12月から翌月にかけて1ヶ月ほど鳥取県・吉岡温泉に滞在していた。その時「大阪朝日新聞」の取材を受けてこれからの日本と世界の進むべき道を示した。12月30日の同紙に「予言的中“火の雨が降るぞよ” 新しき神道を説く出口王仁三郎翁」と題して掲載された次の王仁三郎の言葉は、「吉岡発言」と呼ばれている。
自分は支那事変前から第二次世界大戦の終るまで囚われの身となり、綾部の本部をはじめ全国四千にのぼった教会を全部叩き壊されてしまった。しかし信徒は教義を信じつづけて来たので、すでに大本教は再建せずして再建されている。ただこれまでのような大きな教会はどこにも建てない考えだ。治安維持法違反は無罪となったが、執行猶予となった不敬罪は実につまらぬことで「御光は昔も今も変わらぬが、大内山にかかる黒雲」という浜口内閣時代の暴政をうたったものを持ち出し、“これはお前が天皇になるつもりで信者を煽動した不敬の歌だ”と言い出し、黒雲とは浜口内閣のことだと言ったが、どうしても通らなかった。
自分はただ全宇宙の統一和平を願うばかりだ。
日本の今日あることはすでに幾回も予言したが、そのため弾圧をうけた。“火の雨が降るぞよ、火の雨が降るぞよ”のお告げも実際となって日本は敗けた。
これからは神道の考え方が変わってくるだろう。国教としての神道がやかましくいわれているが、これは今までの解釈が間違っていたもので、民主主義でも神に変わりがあるわけはない。ただほんとうの存在を忘れ、自分に都合のよい神社を偶像化してこれを国民に無理に崇拝させたことが、日本を誤らせた。殊に日本の官国幣社の祭神が神様でなく、ただの人間を祀っていることが間違いの根本だった。
しかし大和民族は絶対に亡びるものでない。
日本敗戦の苦しみはこれからで、年毎に困難が加わり、寅年の昭和二十五年までは駄目だ。
いま日本は軍備はすっかりなくなったが、これは世界平和の先駆者として尊い使命が含まれている。本当の世界平和は全世界の軍備が撤廃した時にはじめて実現され、いまその時代が近づきつつある。