左上の書…出口王仁三郎・揮毫「光」(個人所有のものを許可を得て使用しております)

船井勝仁 『生き方の原理を変えよう』

【2010/9/9 第5回王仁魂講演会 講演要旨】
船井勝仁氏 船井 勝仁(ふないかつひと)

株式会社 船井本社 代表取締役社長。
1964年 大阪生まれ。
父・船井幸雄の「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築くことが本来の自分の役割だ」という思いに共鳴して、(株)船井本社の代表取締役社長として父をサポートすることを決意した。
船井勝仁.com」「にんげんクラブ
  • 今日、自著『生き方の原理を変えよう』(徳間書店)が発売された。サブタイトルに「天律の時代が来た!」と付いているが、他律→自律→天律と時代が変化してゆくことは、実は出口光さんから聞いたことである。私はそれがある一定の周期で繰り返し起きていることに気がついた。
  • 明治以降の日本は「他律の時代」と「自律の時代」を繰り返しており、だいたい40〜45年周期で繰り返している。
    図1
  • 黒船来航(1853年)と明治維新(1868年)の間くらいの1680年頃からスタートしている。この時代はひたすら坂の上の雲を目指して駆け上がった。ピークはだいたい1900年頃。この駆け上がる時代が「他律の時代」である。西欧、特にイギリスを目標として、追いつけ追い越せで追い駆けた。日露戦争(1904年)に勝って、目標の一つだった大国のロシアを打ち破ってしまうあたりまでが他律の時代。
  • 頂点を極めた日本を他国が目障りに思い、叩かれて、第二次大戦の敗戦(1945年)に向かって真っ逆さまに落ちて行った時代が「自律の時代」。この時代は目指すモデルがいないので、自分で考えなくてはいけない時代である。
  • 他律の時代は日本は大発展する。明治以降の日本は大きく発展したが、敗戦以降の日本も大発展した。ピークはプラザ合意(1985年)のあたり。アメリカをモデルとして急成長して行った。
  • それ以降は真っ逆さまに落ちて行ってしまったが、そのボトムはいつ頃かというと──40〜45年周期で繰り返しているので、だいたい2025年くらいではないかと思う。今は2010年なので、あとまだ15年も落ちて行くのでは困る。そのためには他律→自律→他律→自律という波ではなく、「天律」の波にして行く必要がある。それはもうすでに始まっている。今はまだ点線だが、それを実線に変えて行くこと。それが出口王仁三郎が言う「みろくの世」をつくる、ということではないのだろうか。
  • この他律→自律というリズムは、日本だけのものである。外国、たとえばアメリカでは他律の時代というのはあり得ない。
  • 天律とは何か。それが分かる良い事例として神奈川県の有限会社「秋山木工」がある。秋山利輝社長は『丁稚のすすめ』(幻冬舎)という本を書いているが、丁稚──職人をつくることが大切だという考えである。秋山木工の新入社員は男も女も丸坊主にされ、携帯電話禁止、恋愛禁止、親への連絡は手紙で書く。4年間はプライベートがなく、毎日先輩にしごかれながら仕事を覚える。4年経ったら、その後の4年間は御礼奉公として働く。8年経ったら会社を辞めなくてはいけない。独立するか、他の会社に勤めるか、留学するか等、道を決めなくてはいけない。職人を育てるんだという考えである。会社の経営からみると、一番戦力になるときに会社を辞めさせるのだから、とても効率が悪い。しかしこれが天律の経営である。自分の会社のことだけを考えるのではなく、より大きく世の中のためになるには、一番使えるときに世の中に出し、社会で活躍してもらう。これが天律の良い事例だと思う。
  • 他律は天律と似ている部分がある。たとえば、最初は携帯禁止、恋愛禁止で、何も考えずに芸に打ち込む。まず師匠の真似をして芸を覚えろ、技術を身に着けろ、というのが日本の他律の考え方。そういうのは日本は得意。
  • 日本はなぜ他律の時代には伸びて自律の時代には落ちるのか。それは今の世界は欧米の価値観で動いているから。自律の時代には自分で考えなくてはいけない。しかし日本は欧米とは違う価値観で動いているので、自律がうまく行かないのではないのか。
  • 「和僑」(わきょう)という言葉がある。華僑の日本版的な言葉である。これからわれわれ日本人は大変な時代を乗り越え、みろくの世の型をつくってゆくことを経験すると思う。若い有能な人がどんどん世界に散らばって行って、それを世界に伝えて行ってほしい。日本の成功例を海外に伝え、また海外から日本に来てもらい、体験してもらう。そういう形で日本の「型」を広めて行く。そういう役割を日本は持っている。
  • 天律の時代、つまりみろくの世は「ギブアンドギブ」の時代ではないか。出口光さんが会長をつとめる「メキキの会」は、入会するときに「メリットのある会ではない」と言われる。メリットがないのに、会員の皆さんは楽しそうに活動している。「ギブアンドギブ」の会である。これから「にんげんクラブ」とタイアップして行くことになったが楽しみである。
  • この前、京都・太秦の広隆寺に行ったとき、弥勒菩薩はこの世の悲しみや苦しみ、そういうネガティブなものをすべて引き受けて下さる慈悲の菩薩様です、というようなことが書いてあった。こういう弥勒菩薩にならなくてはいけないな、と思った。
  • 弥勒菩薩のつくり方は「うず」だと思う。左回りで収束して行く「うず」、三角形の収奪する「うず」から、右回りの拡散して行く「うず」、逆三角形の分配する「うず」へ変えて行く。こういう社会をつくればいいのだと思った。
    図2
(終わり)
プリンタ用画面
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