左上の書…出口王仁三郎・揮毫「光」(個人所有のものを許可を得て使用しております)

合気道と書道を繋ぐもの──呼吸書法家 山本光輝

合気道と書道を繋ぐもの──呼吸書法家 山本光輝
(2011年6月吉日、インタビュアー・飯塚弘明)
【インタビュアー】 今回の王仁魂インタビューは、呼吸書法家の山本光輝(やまもと こうき)先生です。
 山本先生は30年以上「いろは歌」「ひふみ祝詞」をテーマに書を書き続け、合気道を通じて「健康呼吸書法」を創始しました。
 現在は「いろは呼吸書法」として日本国内はもとより、海外でも講演、教授活動をしており、書作品の個展を各地で開催。地球の浄化を祈り、各地の神社・仏閣・施設などに奉納、献上しています。
 山本先生、どうぞよろしくお願いいたします。
【山本】 よろしくお願いいたします。
呼吸書法家 山本光輝
【プロフィール】
 本名・忠英。別号、修也・岳空(笹目秀和師)。東京生まれ。前衛書家。合気道7段。
 1980年より「いろはうた」を書き始め、82年、第1回個展を東京・神田、三省堂書店画廊にて開催。86年、表具師・井澤満保師と第1回二人展「いろは書装展」をギャラリィ清光で開催。以後、精力的に個展や二人展を開催。90年、ドイツでの巡回展と合気道指導をはじめ、呼吸書法の講習会などをフランス、スペイン、スイス、チェコ、ウルグアイ、アメリカ、ブラジルなどで行う。
 現在、「光輝書法会」を主宰し、東京を中心に、全国で「さとり実践(いろは言霊)呼吸書法」の講習、講演、指導に当たっている。
◆著書 『いろは呼吸書法─声を出して書けば世界が変わる』平凡社、2003年
『さとり実践呼吸書法─いろは・ひふみ言霊による』新日本文芸協会、2010年
光輝書法会のホームページ
ホームページ:http://yamamotokouki.com/
合気道との出会い
【インタビュアー】 山本先生は合気道7段という猛者ですが、合気道と書道の組み合わせというのは一見全く異なるもののように思えます。それが一体どのように繋がっているのか、とても楽しみです。
 まず合気道との出会いからお教え下さい。
合気道開祖・植芝盛平
合気道開祖の植芝盛平(1883 〜 1969)は出口王仁三郎に師事して合気道を産み出した。
【山本】 合気道は昭和39年(1964年)に入門しました。
 子供の頃は柔道を学んでいたんですが、ぎっくり腰になり、続けるのを断念しました。
 その後、柔道よりは腰に負担にならないだろうと思って空手を始めたんです。
 その先生が大山倍達先生だったんです。
 ところが怪我をしてしまい、空手をやめることになりました。
 その頃、新宿のグラフィックデザインの会社に勤めていたんですが、会社の近くに合気道の道場(合気会の本部道場)があったんです。
 合気道とはどういう武道なのか、よく分からなかったんですが、見学に行って驚きました。
 どうしてあんなに簡単に人が飛ぶのだろうか? しかも体の小さなおじいさん(植芝盛平 開祖)が投げ飛ばしているんですよ。
 そこですぐ入門することを決めました。
【インタビュアー】 植芝先生は身長がたった156センチだったそうです。そんな小柄な人が体格の大きな人を投げちゃうんですから、驚きますよね。
 ちなみに出口王仁三郎の身長はもう少し高くて5尺3寸(160センチ)あり、髪の毛が盛り上がってますが(長い髪の毛を頭の上で束ねていた)それを含めると5尺6寸7分(172センチ)あったそうです。ちょうど567(みろく)なのがおもしろいですね。
書道との出会い
【インタビュアー】 書道を始めたきっかけは?
【山本】 グラフィックデザインの仕事をしていたんですが、絵を習いたいなと思って、友人に絵の先生を紹介してもらうように頼んでいたんです。
 ところが、その先生は絵ではなくて書の先生だったんです。池田水城という前衛書家の先生です。
 「あなたはどういう書を書きたいんですか?」と尋ねられました。私は書道をやるつもりはなかったんですが、まさかそうは言えませんから、「そうですね…弘法大師とか…そういう書を書けたらいいですね」と、とりあえず思いついた名前を言ってみたんです。(注:真言宗の宗祖・弘法大師空海は書家としても有名)
 そうしたら「あなたはこれから何年修行して弘法大師になるんですか?」と言うんですね(笑)
 それで今度は「人様に笑われないような字が書けたらいいです」と謙虚に言ったら、「うちでは人に誉められたいとか、キレイな字を書きたいという方には書は教えません」と言うんです。
 私は驚いて、「一体、書というのは何なんでしょうか?」と尋ねました。すると池田先生は「人間が魂の周りに付けてしまったアカや穢れを、書を通して落とすんです」と言うんです。
 私は、え!それでは合気道と同じじゃないか、と驚きました。
 この先生は本物だ、と思い、それで入門したんです。
【インタビュアー】 人生のアカ、穢れを落とす…合気道とは、そういうものですか?
【山本】 そうです。「合気道は禊わざ」と言われています。
 繰り返し繰り返し稽古することで、魂のアカを落としてゆく。
 人を投げることでもないし、人をあやめることでもない。
 ただひたすら修行だと。
 人が誰も気がついていないその人の本当の使命を合気道を通して引き出してやれ、それが合気道人じゃ──というのが植芝先生の教えです。
 合気道は言霊を体現することだ──とも植芝先生は言っていました。
 これは私の座右の銘であり、テーマです。
 しかし「言霊を体現する」ということがどういうことなのか、長い間分からなかったんですよ。
 それが呼吸書法を皆さんと一緒に学んできた結果、そこに開祖の云われる合気道と同じ意識、意義があるということが分かってきたんです。
【インタビュアー】 合気道と書道が繋がったわけですね。
 それはいつ頃のことでしょうか?
【山本】 今から8〜9年前くらい前のことです。
カレンダー
山本先生の書 (光輝書法会特製の卓上カレンダー)
呼吸書法を伝え始める
【山本】 呼吸書法をお伝え始めたのは10数年前、60歳の時からですが、それまではずっと自分の趣味で書を書いていたんです。
 そうしたら、いろいろな方から推薦状をもらうようになりました。
 日本三大仙人と言われる笹目仙人や太西威尊(おおにぎし・あらたか)先生や、小説家の荒俣宏先生もいらっしゃいます。
東京・奥多摩の大岳山(おおたけさん)に多摩道院を開設した笹目秀和(1902 〜 1997)は王仁三郎とも縁が深く、第二次大本事件の直前に王仁三郎に頼まれて、大本の御神体を中国・崑崙(こんろん)山脈に鎮めに行っている。
●笹目仙人の推薦状
    神の愛と光の書   大岳仙人(笹目秀和師)
 山本光輝師の書は「神の愛と光」の顕現である。
 見る者の心身に、暖かな波動と、浄化による癒し、
 そして、肉体細胞の活性化と、魂の覚醒を与える。
 これは人間書家の書ではない。
 神と共振・共鳴を得た者のみが可能な書である。
 これは「書」を超えた神の芸術である。
 光輝師の運筆の妙は、神の龍体(流体)のハタラキそのものであり、書の背後にある宇宙が、師の無意識の筆に表出する。
 ゆえに書字一文字一文字は、宇宙自然そのものといえる。
 これは師の意識が書くのではない。
 宇宙の意志が書かせているのだ。
 神の意志、即ち、愛と光の存在を証すために。
●太西先生の推薦状
 書道家山本忠英(光輝)師の書は神秘な書である。
 「いろは歌」のみを二十年以上にわたって書き続けて来られた結果、十数年ほど前から、その書から強力な光や波動が、発光・発動し始めたのである。これは山本師の体を使って書かせている、高級神霊による一種の自動書記と思われる。
 そこで、山本師の書について、鎮魂帰神し、親神様にお伺いしてみたところ、次のような御神示を頂いた。
 「これから地球上の各所に天変地異が起こるが、その様な時にそなえて、この者の書いた『いろは歌』の書を家の中に掛けておくと、大難が小難となり、小難は無難となり守られ救われる霊験あり。またその周辺に善循環のエネルギーが起こり、全てに平安と幸福をもたらす。更に『ひふみ祝詞』を対にして掛ければ、より大いなる力を得よう。一人でも多くの人類を救う為にも、多く分け与えるとよい。」
 右の理由で山本師は、現在日々の行として「いろは歌」と「ひふみ祝詞」を謹書しておられる。
 「いろは歌」は人生無常の原理を歌ったものであり、神化光浄輪廻転生を意味している。
 「ひふみ祝詞」は宇宙創造生成化育の原理を歌ったもので神徳が発動する。
 山本師の書を希望される尊友各位には、ご紹介申しあげます。
   法学・神学博士   太西威尊 拝
 ドイツで一ヶ月ケルンから始めてあちこちを回って巡回展を開いたんですが、宇宙エネルギーを30年以上研究している方がいて、その方の研究所を訪問したんです。帰国後にその方から手紙をいただきました。
 山本氏が私の研究所を訪問された時、いろは四十八文字と富士を描いた色紙をいただいた。書画とはまさに作家の生命力(エネルギー)そのものである。
 ところがこの『いろは』の色紙から強いエネルギーが出ていることが分かり、(省略)いろは書から強いエネルギーが検出されたのである。
 このような高いエネルギー波動は、われわれのような自然エネルギーを使っている自然治癒法医学では高い価値のある治療エネルギーとして認められ、私たちの診療所でこのエネルギーを治療に使わせていただいている。
(省略)これは人類に対する福音と救いをもたらすものである
 このお手紙を読んで私の想いが変わったんです。
 今までは自分の趣味としてやってきたんですが、この書は、こういう先生方がおっしゃているようなものなんだと気がつきました。
 それなら、一人でも多くの方々に書をお渡しして行かなくてはいけない。それが自分の天命、使命だ──というように、想いが変わったんです。
 それで全部仕事(グラフィックデザイナー)をやめて、このいろは書一本にしました。これが1996年のことです。
 それからが大変です。書が売れないので…生活が(笑)
 家内が愚痴一つこぼさずに、今まで支えてきてくれました。
【インタビュアー】 今は月に何度も各地で勉強会が開かれていて、たいへんお忙しいようですが、注目されるようになったのはいつ頃からですか?
【山本】 伊藤智道さん(事務局)と出会ってからです。一度10年以上前に会っていたんですが、2年半前に「再会」しました。
 その時に、こんな話をしたんです。
 ──ある霊能者が、弘法大師が私(山本)に書かせている、と言っていた。
 ではもし弘法大師がこの世に生きていて、自分の書で人を救えると分かったら、どうなさったか。
 きっと書いて書いて書きまくって、一人でも多くの衆生を救うために書を渡されていただろう。僕はそれをやりたいんだ。しかし僕には資力も何もないから、生活が保障されるようになったら、書いて書いて書きまくりたいんだ──と伊藤さんに言ったら、それに共鳴してくれまして、それからずっと自分の仕事をそっちのけで、サポートをしてくれています。
書を書きながら合気道の技をかけるパフォーマンス
書を書きながら合気道の技をかけるパフォーマンス。
呼吸書法の誕生
【インタビュアー】 呼吸書法というのは、昔からあったんでしょうか?
【山本】 いいえ、ありません。私の想いから出てきたものでしょう。
 ですがこれは一種の天啓だと思っています。自分が考えて作れるものではありません。
 こういう書をどうやって書いているんですか?と人に聞かれて、それで「い、ろ、は、に…」と声を出しながら書いていることに気付いたんです。息を吐きながら書くわけです。
 ふつう書道は、息を止めて書きます。精神を集中する方法として、息を止めるんですね。
 習字はそれでいいんですが、呼吸書法では、声を発して息を吐きながら書くんです。
 息を止めると、線に力がなくなってしまうんです。
 これは合気道の技にも通じます。
 柔道や空手だと、息をつめて、力を込めて技を掛けます。
 しかし合気道は、肩から力を抜いて、息を吐きながら技を掛けていくことが求められます。
 息を吐きながら書を書くことは、こんなにスゴイことなんだ…ということが分かってきたんです。
 息を吐きながら書くことで、山本のエネルギー、念とか気というものが、書の中に注入されて行くんだろうし、長い間やってきたので、書に念が入って行くのだろう、そんなふうにある霊能者の先生は云っていて、私もそうかなと思っていたんですが……ところがあるとき友人から「花には香りがない」という話を聞いたんです。
 バラならバラの香りを、菊なら菊の香りを、花が作って発しているのではない。香りはこちら側(宇宙界)にあり、バラはバラの香りだけ、菊は菊の香りだけを宇宙から吸収しているんだ。それを人間が勝手に、花が香りを発していると思い込んでいるんだ──と言うんです。
 その話を聞いたときに、私の芸術観が180度変わりました。
 そうか、僕の書のエネルギーは、宇宙空間にあるんだ。自分の気とか念とか、そんなちっぽけなもので、こんな大きなエネルギーが出るわけがない。
 宇宙空間側のエネルギーを、私という人間を通して、この書に届けるだけ。
 私という人間は単なる透明なストローだということに気付いたんです。そのストローに色があってはいけない。いかに無色になるかが私の修行だ…というのが私の気付きだったんです。
 そうなるともう、宇宙空間側にお任せですよね。
【インタビュアー】 神様に使われている…というようなかんじでしょうか。
【山本】 そうですねえ、そんなかんじだと思いますよ。
 それでこの書法を人に教えるようになりました。
 最初は自己満足のような感じで勉強会を始めたんです。
 ところが一番最初に教えたときに、何と参加者10人のうち3人が、体調に変化があったんです。
 まずアトピーだった方が、その日の晩からかゆみがなくなった。
 それに便秘で困っていた方が、便秘が良くなった。
 そして、胃ガンで胃を全摘していた方が、ひどい貧血で、電車を一駅乗ったら、次の駅で降りて休んで、また次の電車に乗って…というやり方でないと目的地まで行けなかった人が、その日は乗り換えしないで電車に乗れた。
 それを聞いて、この呼吸法はすごいことだということに気付いて、それで「呼吸書法」として人に伝えるようになったんです。
 この書法を私がやり始めたのは、もう30年前からですが、私自身にはそういう現象は起きないんです(笑) 習われている方に、そういう現象が起きています。
インタビューは、事務局が置かれている東京・渋谷区富ヶ谷の
『SPACEくす』でさせていただいた。
一角がギャラリーになっており、山本先生の作品が展示されている。
ここでも毎月、いろは呼吸書法の勉強会が開かれている。
呼吸書法と言霊
【山本】 これは勉強会でよく話すエピソードなんですが──仙台で勉強会を開いた時に、青森県の弘前でリンゴ園をやっている社長がこういう質問をしてきました。「秋の収穫の時期になると台風がやってきてみんなリンゴが落ちてしまう、これを何とかできませんか?」 と。
 書を教えにきた人間に聞く質問ではないですね(笑) しかし私はこのように答えました。「今日渡した『いろは』と『ひふみ』の手本を、毎日リンゴ園の中で声を出して読んで下さい」と。
 その年の秋、大きな台風が来て、東北のリンゴは全滅というニュースが流れました。
 台風が去って一週間くらい経ってから、リンゴ園の社長から電話があって、「不思議なことが起きたので見にきてほしい。うちの周りのリンゴ園はみんなリンゴが落ちてしまった。しかしうちのリンゴ園だけは残っている」と言うんです。
 それで見に行きました。すると、たしかに他のリンゴ園はどれも実が落ちているんですが、彼の農園に入ると、見事なリンゴがたわわにに実っているんです。
 彼は呼吸書法をずっとやっているのかというと、やっていません。ただ毎日リンゴ園に行って「いろはにほへと…」とか「ひふみよ…」と唱えているだけです。
 すると、彼が唱えた言霊で、リンゴが落ちないで済んだわけです。
 体調が良くなったり、リンゴが丈夫になったり、言霊にはすごい力がある。それはまだ科学的には全然究明されていない。

 京都の勉強会で手伝って下さっているお医者さんが、参加者に体に痛みがあるかどうか軽い診断をし、アンケートを取って、勉強会が終わった後でその痛みがどうなったか、調べてくれました。
 すると、80%くらいの人が、痛みが変わっているですね。それで、これはやはり何かある、と。
 こんなすごい呼吸書法は、私個人のアイデアとか創作だとか思っていません。まさにこれは天啓であると思っています。
【インタビュアー】 話は変わりますが、山本先生は「開命句」(かいめいく)という人の姓名を織り込んだ俳句を作っておられますね。
 出口王仁三郎も和歌や七五調で姓名織込歌をたくさん詠んでいました。
 俳句は短い(5・7・5の17文字)から姓名を織り込むのは大変ですね。
【山本】 それが見事に(頭に)入ってくるんです。
 人の名前は人本来の「神の子」に対して付けられた名前です。親が名前を付けるとき、瞬間的にひらめいて、神様から教えられるんですね。
 その名前を言霊的に唱えていると、最初の五文字が浮かんできて、その人の天命だとか、情景が見えてくるんです。
 これはただ事ではないなと思って、俳人の田中茶能介先生に見てもらったんです。添削してもらえませんか、と。
 そうしたら、これは直せません、添削できません、と言うんです。これは俳句の神様が作っている、と言うんですね。
 そんなこと言われて私はエーと驚きました。冗談を言っているのかと思いましたよ。
 田中先生が言うには、俳句で姓名を織り込むのは、芭蕉以来、歴史的にないそうです。
【インタビュアー】 それもまたスゴイ話ですね。
言波戸開き
【インタビュアー】 では最後に、「みろくの世」についてお尋ねします。
 山本先生にとって「みろくの世」とはどんな世界でしょうか?
【山本】 柿本人麻呂(万葉集の代表的歌人)が詠んだ次の歌があります。

   敷島の大和の国は言霊の助くる国ぞ真幸(まさき)くありこそ

 この言霊に助けられている国って、どういう国なんだろう、とずっと疑問に思っていたんです。
 しかし今、呼吸書法をやっている私たちに起きている現象は、まさに言霊に助けられているわけです。
 東北に住んでいる人で、地震の時に周りの建物は被害を受けても、自宅は被害がなかったという人もいます。そういう不思議な現象がたくさん起きています。
 この「いろは」とか「ひふみ」という、今忘れられてしまっている言霊を世の中に広めて行くこと──これをタイムカプセルと呼んでいるんですが──「いろは」「ひふみ」という日本語の一番原点を広めて行くことが、「言波戸(いはと)開き」ということだと思います。言波戸開きとは、人間のひとりひとりの魂が覚醒することであり、それが「みろくの世」造りになるのではないでしょうか。

 それともう一つ。
 宇宙空間には言霊が充満しています。
 これを四十八(よそや)の神とか言いますが、この宇宙空間の神々が活性化されることが、われわれ人類が活性化させていただくことになるんだろうと思います。
 そういうことに対して意識が開いて行くことが、みろくの世であり言波戸開きなんだろうと思います。
【インタビュアー】 私たちが言霊を唱えることで活性化して行く、ということでしょうか。
【山本】 そうです。
 「いろは」というのは小学校で習うようなことなので、軽く見てしまいますが、しかしそれが一番原点なんだと思います。
 そこにみんな気付き始めたら、世の中変わり始めますよ。
【インタビュアー】 ふだん言葉は何気なくしゃべっているだけですもんね。
【山本】 そう。誰も言葉に感謝していません。
【インタビュアー】 合気道と書道の奥にあるものが、魂のアカを落とす修行であり、言霊の体現であるという、とても素晴らしい話を聞かせていただきました。
 今日はどうもありがとうございました。
 インタビュー終了後、呼吸書法の勉強会に私(飯塚弘明)も参加して「いろは」を書いてみた。
 筆はふつうは中程を持つと書きやすいが、わざと書きにくいように筆の端を持って書くのがポイントである。
 これはキレイな字を書こうという意識をなくすためとのこと。
飯塚弘明の初いろは
↑ これが私が初めて書いた作品。
 キレイに書くのが目的ではないので「ヘタクソ」とか思わないように!
 肉の目ではなく、霊眼で見てください。
おわり
さて、次回の王仁魂インタビューはどなたでしょうか? お楽しみに!
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