左上の書…出口王仁三郎・揮毫「光」(個人所有のものを許可を得て使用しております)

2011年12月23日(金・祝)王仁魂復活祭 in 四谷


四谷1223の謎
──王仁魂復活祭の企画を進めて行くうちに見えてきた、見えない神の意図──
記・飯塚弘明 (2011年)
【1】始まり (10/21記)
 王仁魂復活祭のきっかけは「忘年会」です。昨年12月の王仁魂講演会は忘年会も兼ねていましたが、それとは別に、私独自の活動「オニド」の仲間を集めて12月下旬に忘年会を開きました。

 新宿区内のヒミツの隠れ家で10数人が集まり、手作り料理を寄せ集めてアットホーム的なパーティーです。

 今年はもう少し大きな企画にしようと思い、すでに夏頃から計画を練り出したのでした。

 場所や催し物の内容は後回しにして、先に日取りだけ決めました。「12月23日」です。それより遅いと年の瀬でドタバタしますし、それより早いと、すでに予定が入っていて都合が悪いです。土日祭日で私の都合がよさそうな日はこの日だけでした。

 金曜日で天皇誕生日だということは分かっていましたが……

 まさかこんな深い仕組が隠されていたとは! 夢にも思いませんでした。

【2】四谷・須賀神社 (10/22記)
 9月のある日のことです。6月の王仁魂講演会で講演していただいた伊達宗哲氏が9月末に新刊を出すという情報を入手。そこで出版記念のお祝いパーティーを兼ねた忘年会にしようと思い立ちました。

 しかし札幌在住の伊達氏を東京に招くには、それなりに交通宿泊費がかかります。そこで、ある程度の人数を集めるために、あちこちに声をかけて行ったところ、私の個人的な企画ではなく、王仁魂Pの主催で行おうということになったのです。

 そしてもう一人、河内正臣氏にも講演していただこうということになり、さらに、にんげんクラブ共催で……と企画が発展して行ったのです。

 そうなるとイベントを開く部屋も大きな部屋(会議室とかイベントホール)が必要です。当初予定していた部屋では手狭になり、大きな部屋を探しました。

 探せばいくらでもあるのですが、何かおもしろくありません。ここだ、という決め手がないのです。

 そこで、かねてより気になっていた神縁の地・四谷にすることにしました。
 ほとんど知られていませんが、四谷という地は王仁三郎と縁の深い場所なのです。

須賀神社
 四谷の須賀町という地区に、須賀神社というスサノオを祭る神社があります。
 大正時代に「確信会」という、大本の東京宣教の拠点が、この須賀神社境内に置かれました。

 スサノオは霊界物語の主人公であり、救世主です。そして王仁三郎はこのスサノオの化身です。

 須賀神社はもちろん今でもあります。坂道を上がった頂上にあるので、この辺りは昔は小高い山だったのでしょう。(東京23区は平坦な場所だと思われていますが、意外と山も多いのです。青山も山だし・・・)

 12月23日の王仁魂復活祭は午後1時から受付開始です。時間のある方は会場に行く前に、須賀神社に参拝してみてはいかがでしょうか。

●地図:http://g.co/maps/5xwzq

●四谷須賀神社ホームページ:http://www.sugajinjya.org/

【3】四谷・愛住町 (10/25記)
 出口王仁三郎が派手に世間で活動しまくったのは、大正10年(1921年)10月に霊界物語を書き始めてから、昭和10年(1935年)12月8日に第二次大本事件で検挙されるまでの、たったの14年間しかありません。

 この間、モンゴル行ったり、国際宗教聯合会を作ったり、海外に宣伝使を派遣したり、バハイ教や道院などと提携したり、人類愛善会を設立して人類愛善新聞100万部出したり、昭和神聖会運動をやったり…といろいろなことをやりました。

 この中でも特に政府当局から目を附けられることになったのが、昭和神聖会運動です。内地の人口が7000万人だった時代に800万人もの賛同者を集めることになった昭和神聖会運動は、帝国政府にとって脅威でした。王仁三郎が天皇になり替わり、大日本帝国を乗っ取ろうとしていると、為政者の目に写ったのです。そして近代日本の宗教史上最大と言われる弾圧を喰らうことになったのでした。

 その昭和神聖会の総本部が、四谷の愛住町(あいずみちょう)という町に置かれました。

●地図:http://g.co/maps/8bym5

 須賀神社からわずか500mくらい離れた所です。

 いったい王仁三郎はなぜ、この四谷の地に拠点を置いたのでしょうか?

 単に、皇居の裏通りである新宿通りに面していて交通の便が良かったから…などの理由も考えられますが、綾部や亀岡が必然の地だったように、四谷も必然の地だったのでは……?

 ところで皆さん、山手線と中央線が陰陽太極図(韓国の国旗の真ん中にあるような図象)になっているという都市伝説をご存知でしょうか?

太極図(ウィキペディア)

 片方の目の部分(陰中の陽、または陽中の陰)には皇居があり、もう片方には夜の町の歌舞伎町があって、陰と陽のバランスを保っている……というのが、その都市伝説の内容です。

 映画『帝都物語』で有名になりましたが、東京は風水によって都市計画が立てられているので、あながち伝説ではなく、実話かも知れません。

 そしてまさにその歌舞伎町の近く、皇居とは反対側の目のところに、四谷があるのです。

 帝国主義で国の内外に猛威を振るう強大な天皇政府に対して、王仁三郎は四谷に拠点を置いたのではないでしょうか?

【4】陰陽太極図 (10/30記)
 JR山手線と中央線が陰陽太極図を成しており、その片方の目には皇居、もう片方には四谷があり、その四谷に王仁三郎は東京での活動の拠点を置いていました。

 そこで王仁魂復活祭を神縁の地・四谷でやろうと思い立ったのです。

 早速、四谷の貸し会議室やイベントホールを探していくつか当たってみました。
 しかし部屋が広すぎたり、金額が高すぎたり、すでに12月23日は予約が入っていたりで、いい場所がなかなか見つかりません。

 ようやく見つけたのが「主婦会館」です。広さも値段も手頃だし、場所も駅から近くて便利だし、ここに決めて仮予約を入れました。

 しかし!

 問題発生。場所の確認のため地図をよく見たら……四ツ谷駅の東側にあるではないですか!東側とはつまり皇居側です。
 中央線を挟んで反対側、つまり西側にないと、四谷とは言えません。勘違いしていました。
 ●地図  http://g.co/maps/4jkcq

 ですが、四谷にはもう他に手頃な部屋がありません。これは参りました。四谷以外の場所なら、山手線の外側に出れば金額の安い部屋がたくさんあります。

 「仕方がない。四谷は断念して、外に出るか……」

 ちょうどその頃、伊達宗哲氏の講演以外に、河内正臣(こうち・まさおみ)氏にも講演していただこう、ということになりました。

 河内氏は40年近くも「天皇の真実」を訴え続けて来た人です。憲法九条の発案者はマッカーサーではなく、実は昭和天皇だった。一条(ウヨク)と九条(サヨク)の対立に終止符を打ち、国民ナカヨクして一致和合し、世界の平和を実現して行こう…というようなことを主張している人です。

 「そうか、これからはナカヨクの時代だ!」

 地図で見るとちょうど四ツ谷駅は皇居と四谷の中間にあります。皇居か、四谷か、という選択ではなく、その中です。

 これからは対立の時代ではなく、世界が一致和合して行く時代です。厳(出口直)と瑞(王仁三郎)の和合が大本神業の枢要なテーマの一つでしたが、陰陽、月日、天地が、対立して分裂するのではなく、互いに和合して、全体性が回復して行く時代です。

 そういう神意がここに秘められていたことに気が付きました。

 それに主婦会館の「主」とは主神(スしん)の主です。「婦」は瑞の身魂(変性女子)を表しています。
 場所はここで良かったのです。そうなるように最初から仕組まれていたのです。

 しかし、陰陽太極図のほぼ中心とはいえ、やはり四ツ谷駅の東側にある以上、どうしても皇居側に偏ってしまいます。

 そこで!

 懇親会は駅の西側にあるインド料理店「ムンバイ」で開くことにしたのでした。

 こうすることで、陰と陽のバランスを取ろうという、細かい配慮です。
 ●地図  http://g.co/maps/nsqyn

【5】12・23に秘められた暗号 (11/7記)

 開催日を12月23日にしたのは、単なる私の都合だということは前に書きました。

その後「天皇の真実」の河内正臣氏にも講演していただこうということになり、ちょうどその日が「天皇誕生日」だと言うこと気が付いたのです。

 「祝日」だと言うことは当然知っていましたが、実は「天皇誕生日」だということはほとんど意識していませんでした・・・

 河内氏のプロフィール(チラシの裏)を見ていただければお判りになるかと思いますが、この人は神様から色々な啓示を受けて行動している人です。

 昭和48年(1973年)に阿蘇の幣立神宮(有名なパワースポットです)に参拝した時に、「天皇の真実」の啓示を受け、それから活動を開始したそうです。

 その幣立神宮では毎年8月23日に例大祭を開いていますが、【23】日は天孫降臨の日なんだそうです。

 その【23】日に今の天皇陛下は生まれたんですね。

 そして、何と皇太子殿下も2月【23】日生まれです。不思議ですね。

 さらに! この前、成人した秋篠宮の眞子さんも、10月【23】日生まれです。

 23日はとても不思議な日ですね。

 今年は平成【23】年ですし、王仁三郎が昇天したのは昭和【23】年です(1月19日)。

 まさに今年の12月23日に王仁魂復活祭をやるように、仕組まれていたと言わざるを得ません。

 それだけではありません!

 12+23はいくつでしょう?

 そうです。【35】です。

 35という数字は王仁三郎的にとても深い意味があります。

 瑞の御魂(三)と厳の御魂(五)が合わさって伊都能売になった数字が35です。

 霊界物語ではスサノオが導く宗教が三五教(あなないきょう)と呼ばれています。

 チラシに書いてますが、12月23日は、まさに、すべてが和合してみろくの世へ向けて新たなスタートが始まる日なのです。

 12月23日に秘められた暗号はこれだけではありません。

 12・・・1+2=3
 23・・・2+3=5

 何とここにも【35】が隠されていたのです! 12月23日は、必然の日だったのです。

 神縁の日・12月23日、神縁の地・四谷から、新しい仕組が始まります。

 皆さん、この記念すべき一歩を、一緒に踏み出しましょう!

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 まだお申し込みでない方は、座席が埋まらないうちにお申し込み下さい!

 お申し込み方法は案内チラシの裏をご覧ください。
 ◆案内チラシ(PDF)クリック
   
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