左上の書…出口王仁三郎・揮毫「光」(個人所有のものを許可を得て使用しております)

〜出口京太郎・著『巨人出口王仁三郎』P403より〜
 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長にむかい、「人虎孔裡(じん こ こうり)に墜つ」という禅問答をいどんだことがある。これはひとりの人間が虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。

 王仁三郎が、「裁判長、あなたはどうお考えになりますか」というと、裁判長は自分は法律家だからわからないが、どういうことなのかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法がはじまった。

 人間より虎のほうがつよいから逃げようとすると殺される。刃むかっていっても同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへってくると殺しにくる。どっちにしても助からない。けれどひとつだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほうから食わしてやればあとに愛と誇りとが残るのだ。

 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれるものがあったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。

 また、粛然とした空気が法廷に流れ、敵味方の区別なく一同思わず襟を正したそうだ。

 さて、この虎穴(こけつ)問答はもうひとつ深い意味をもっている。というのは、虎に身をあたえた愛と誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に死地に生を得たもので、九死に一生というか九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかうのである。これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。
プリンタ用画面
(C)2010-2011 王仁魂復活プロジェクト