左上の書…出口王仁三郎・揮毫「光」(個人所有のものを許可を得て使用しております)

王仁魂復活祭 2011・12・23

平成23年(2011年)12月23日に開かれた王仁魂復活祭はたいへん盛況でした。
参加者数は154人、懇親会も100人くらいの人が参加し、大いに盛り上がりました。
いろいろな出会いがあり、そこからまた新しい動きも生まれてきたことでしょう。
北海道から九州まで、全国から集まってきたことに感動です。
準備や運営やたいへんでしたが、開いて本当によかったなと思います。
こういう大規模なものは初めてだったので不手際も多々あり、ご迷惑をおかけしました。
しかし大きなトラブルもなく無事に完了しました。

参加してくれた皆さん、応援してくれた皆さん、どうもありがとうございました。
また会える日を楽しみにしています。


王仁魂復活プロジェクト事務局   飯塚弘明
[追伸]
 王仁魂復活祭の会場で休み時間に流していたBGMは何の曲か、という質問を何回かされました。

 あの曲は、環境音楽作曲家の小久保隆さんが作った曲です。
 http://www.takashikokubo.com/
 http://www.studio-ion.com/

 23日に会場で流していた曲は「ホワイト・アンビエント」「安曇野・早春賦の調べ」 「屋久島・生命の森」「水と共に生きること」など。
 とてもいいメロディですね。

 一番初めに上映した王仁魂特製ムービーのBGMは「水の詩」です。
 Youtubeで見ることもできます。
 http://www.youtube.com/watch?v=A4R6RB_SYPE

山手線と中央線が成す陰陽太極図

 東京のJR山手線と中央線が陰陽太極図の形をしている…という都市伝説をご存知でしょうか?

 片方の目(陰中の陽、また陽中の陰)には皇居があり、もう片方の目には夜の町・歌舞伎町があって、陰と陽のバランスを保っている…という都市伝説です。

 荒俣宏・原作の映画『帝都物語』で有名になったように、東京の都市計画は風水を元に設計しているので、あながちウソとは言えません。

 そして実は皇居と反対側の目の位置に、出口王仁三郎の東京での拠点があったのです。

 それは歌舞伎町のすぐ東側の地域「四谷」です。この四谷の地に大日本帝国政府を震撼させた昭和神聖会の本部があったのです。

 内地人口7000万人の時代に、800万人もの賛同者を集めた昭和神聖会運動は、王仁三郎が国家を乗っ取ろうとしているのではないのかという大きな誤解を政府に与え、昭和10年の大弾圧へと繋がりました。

 王仁三郎はこの強大な帝国権力に対抗するために、四谷に拠点を置いたのかも知れません。

 しかし時代は変わりました。

 対立と闘争の時代は終焉を迎え、人類は垣根を超え、一致和合して地球の大危難に立ち向かわなくてはなりません。

 平成23年12月23日、再び四谷で新しい仕組が始まります。

 今回は、皇居と四谷の中間地点である、四ツ谷駅近辺で行います。

 対立から、和合へ。

 皆さん、お集まりください。




     

◆プロフィール◆

■伊達宗哲(だて・そうてつ)

 昭和25年(1950年)北海道生まれ。東北薬科大学卒業。薬剤師。
 出口王仁三郎に魅せられ、世界の動向を多次元的に探求する道を歩み始める。
 王仁三郎ワールドに集う人々との交流を通じ、見識を深め著作活動を開始。
 著書に船井幸雄・序文/解説/推薦『地球の雛型「日本」は世界一切を救う 出口王仁三郎の三千世界テレスコープ』(ヒカルランド)、『王仁三郎と日月神示のひな型神劇』(徳間書店)がある。

■河内正臣(こうち・まさおみ)

 いっきゅう会会長。昭和16年(1941年)広島県呉市に生まれる。昭和36年、警視庁警察官となる。昭和42年、法政大学卒。同年、警視庁第四機動隊を辞職。以後“愛国平和運動”に没頭する。
 昭和48年春、幣立神宮(熊本県)を初めて参拝してから「天皇の真実」や「日本の偉大なる天命」をさとされる。
 昭和63年春、「天皇の真実を知る会」創設。昭和44年、東京〜広島間を徒歩で往復して大行進する。
 著書に『平和と生きる力』『広島に捧げる日本の使命』『天皇と世界平和』『天皇の真実』『真実のメシア=大救世主に目覚めよ』『日本は天皇中心の神の国を明かす』他。

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